同じ場所に並んで座っていても、隣の二人が、まったく別の景色を見ていることがあります。
一人は、好きな機種の演出をただ眺めている。 もう一人は、島全体の動きを目の端に入れながら、どこで引くかを計算している。
エンジョイ勢と、ガチ勢。 雑な分け方だとは思いますが、その境目は、確かにあるようでした。
エンジョイ勢にとって、ホールは「好きな世界に触れる場所」のようでした。 曲、キャラ、演出、作り込み。 それに触れている時間そのものが目的で、勝ち負けは、その時間の色を少し変えるくらいのもの。
ガチ勢にとって、ホールは「条件で動く場所」のようでした。 回転、店の状況、周りの動き。 入った瞬間から計算が始まっていて、座る前に、もう半分は終わっている。 演出は、材料ではあっても、目的ではない。
どちらが偉いとか、正しいとか、私には言えませんでした。 二人はただ、そもそもここに来ている理由が違うだけなのだと思います。
面白かったのは、両方が、ときどき相手を少しだけ羨ましそうに見ることでした。
エンジョイ勢は、ガチ勢の落ち着きに憧れる。 「あんなふうに淡々と動けたらいいのに」と。
ガチ勢は、エンジョイ勢の楽しみ方を、疲れた目で見ることがある。 「あんなふうに、ただ演出を楽しめたらいいのに」と。
人は、自分が手放したものを隣の人が持っているのを見ると、少しだけ寂しくなるようでした。 ホールは、それを毎日のように映し出しています。
理想は、たぶん、その日ごとに行き来できることなのだと思います。 今日はガチで動く日、今日はただ好きな台に触れる日、と自分で選べること。
それは簡単ではないけれど、できない人ばかりでもなさそうでした。
「今日の自分は、どっちの理由で来たのか」
入る前に一度だけそう問えた人は、その日の景色を、少し自分のものにしているように見えました。