ホールという空間には、独特の人類が集まる。
それは出玉を求めて来る人だけではない。 日常の延長で、なんとなく寄ってしまう人。 新台の音を確認しに来た人。 誰かの隣に座りたくて来た人。 帰る場所が、そこにしかない人。
それぞれが、それぞれの理由でそこにいる。
私たちは、その光景を「いい」とも「悪い」とも言わない。 ただ、そこにある“人類”として観察する。 これが、本サイトが掲げる「ホール人類学」の入口である。
ホール人類学は、勝ち負けの物語ではない。 むしろ勝負の外側で起きていることに、目を向ける試みだ。
たとえば、閉店間際の静かな島。 たとえば、朝一の並びの空気感。 たとえば、隣の打ち手が立ち上がった瞬間に、自分の流れが少し変わったように感じるあの感覚。
それらは数値化されない。 データには現れない。 しかし、ホールに通った人なら、誰もが体感として知っている。
ホール人類学は、その“言葉になっていない感覚”を、 ゆっくりと言葉にしていく作業である。
笑える瞬間も、少し切ない瞬間も、まとめて掬い上げる。 当事者を断罪することは、しない。 ただ、人類の一つの生き方として、丁寧に描く。
本サイトの診断や記事は、その視点から書かれている。 あなたがホールで見た景色を、少しだけ言葉にして渡せたら、それが本望である。