私は、ホールという場所を、外側からずっと眺めてきました。
勝ち方を知りたかったわけではありません。 どの台が出るのかにも、正直、あまり興味が持てませんでした。
私が見ていたのは、そこにいる人たちのほうでした。
ホールには、出玉を求めて来る人だけがいるわけではないようでした。
なんとなく寄ってしまう人。 新台の音だけ確かめに来た人。 誰かの隣に座りたくて来た人。 今日、ほかに行く場所がなかった人。
それぞれが、それぞれの理由で、同じ場所にいる。
その光景を、私はうまく「良い」とも「悪い」とも言えませんでした。 言いたくなかった、というほうが近いかもしれません。
数字にならないものが、その場所にはたくさんありました。
閉店間際の、静かな島の空気。 朝一の並びの、あの独特の緊張。 隣の人が立ち上がった瞬間に、自分の流れまで少し変わった気がする、あの感覚。
どれもデータには出てきません。 それでも、通った人なら誰もが、体で知っている。
私がやろうとしているのは、たぶん、その「まだ言葉になっていない感覚」を、ゆっくり言葉にしてみることです。
笑える瞬間も、少し切ない瞬間も、できるだけそのまま掬い上げたい。 誰かを責めるためではなく、ひとつの過ごし方として、丁寧に見ていたい。
このサイトの診断も、記事も、たぶん全部、その視線から書かれています。
あなたがホールで見たはずの景色を、ほんの少しだけ言葉にして返せたら。 それが、私がここで書いている理由です。